大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪地方裁判所 昭和45年(ワ)2671号 判決

原告 市原照夫

右訴訟代理人弁護士 林義久

被告 中西正安

右訴訟代理人弁護士 土橋忠一

主文

被告は原告に対し金一〇〇万円およびこれに対する昭和四五年二月一〇日から完済まで年六分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告の方で金一〇万円の担保を供託したときは仮りに執行することができる。

事実

一、当事者の求める裁判

原告は主文と同趣旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求めた。

二、請求の原因

(一)、訴外清水化設工業株式会社(以下「訴外会社」という。)は建設工事の請負を業とするものであるが、昭和四三年一一月一五日被告とその所有する東大阪市永和町五三番地上に鉄筋コンクリート造四階建の通称中西ビルを、代金四五〇〇万円、支払方法は毎月の出来高の九〇パーセントを翌月一〇日に支払い残代金は完成引渡の際支払う、竣工予定日昭和四四年六月三〇日の約束で新築する旨の建築請負契約を締結し、この工事は昭和四四年七月二〇日に完成引渡を了した。

(二)、原告は、昭和四四年三月五日、訴外会社に対する昭和四三年一〇月一七日貸付にかかる金一〇〇万円の貸金債権を被保全権利として、訴外会社の被告に対して有する前記請負代金債権のうち同四四年三月一〇日から同年六月末日までに弁済期の到来する代金額中金一〇〇万円につき大阪地方裁判所より仮差押命令(同庁同年(ヨ)第七八九号)を受け、右命令は同年三月一四日被告へ、同月一八日訴外会社に送達された。更に原告は、同年一一月一〇日、原告・訴外会社間の大阪地方裁判所昭和四四年(ワ)第一六七七号貸金請求事件の執行力ある和解調書正本に基づき、前記債権に関する仮差押に対する本執行として、同裁判所に債権差押ならびに転付命令の申請を行ない(同庁昭和四四年(ル)第三二九三号、同年(ヲ)第三五九〇号)、同裁判所は同年一一月一七日その旨の債権差押および転付命令を発し、同命令は被告に対し同月一八日、訴外会社に対し昭和四五年二月九日にそれぞれ送達された。

(三)、よって、被告は原告に対し右の転付金一〇〇万円およびこれに対する右転付命令の効力発生後の昭和四五年二月一〇日から完済まで商法所定年六分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

三、被告の答弁

(一)、請求の原因に対する答弁

1.請求原因第一項記載の事実は工事の完成引渡の点を除き、すべて認める。本件請負工事は未完成の儘である。

2.請求原因第二項記載の事実は、原告主張の仮差押命令ならびに債権差押転付命令がその主張の日に被告へ送達されたことは認め、その他はすべて否認する。原告は訴外会社の取締役であったが、その就任に際し本件の金一〇〇万円を出資金として供出したものであり、従ってそれは貸金の形式をとってはいるが、実質は訴外会社に対する出資金であるから、原告の訴外会社に対する金一〇〇万円の貸金債権は存在せず、従って、これに基づく本件転付命令は無効というべきである。

(二)、抗弁

1.弁済の抗弁

本件建築請負契約によれば、被告が毎月一〇日に支払うべき代金額は前月出来高の九〇パーセントと定められていたが、訴外会社の資金調達上の都合により、毎月支払相当分を超えて支払っていたものであり、既に被告は訴外会社に対し別表記載のとおり本件請負代金の弁済として合計金四五〇六万円を支払っているので、原告の債権についても弁済ずみであるから、その支払には応じられない。

2.同時履行の抗弁

訴外会社の施行した本件工事には種々の瑕疵が存した。すなわち、右工事のうち、地下漏水工事、屋外排水工事、水道本管の接続工事ならびにガス風呂の排気工事等については手直しが必要であったので、被告は昭和四四年七月末頃以来しばしば訴外会社に対し右瑕疵の修補を行なうよう請求してきたが、訴外会社は依然としてこれが履行をなさず、なお右瑕疵の修補には少なくとも二九〇万円の費用を要するから、被告は訴外会社に対し同額の損害賠償請求権を有する。また、本件建築請負契約によれば、請負人は本件工事を遅延したときは遅延日数一日にき請負代金額の一〇〇〇分の一以内の違約金を支払う旨特約がされていたが、本件工事は工期より三〇日以上遅れて完了したので、訴外会社は原告に対し三〇日分の違約金一三五万円の支払をする義務がある。すると、被告は訴外会社に対し右合計金四二五万円以上の損害賠償請求権を有するから、仮りに被告に本件請負代金支払債務があるとしても、被告は民法五三三条、六三四条により右損害賠償金を支払うか、あるいは瑕疵の修補を完了するかするまで本件請負代金債務の支払を拒絶する。したがって、原告の請求には応じることはできない。

3.相殺の抗弁

仮りに、前記各抗弁が理由ないとしても、右2で述べたとおり、被告は訴外会社に対し合計金四二五万円の損害賠償請求権を有するところ、被告は昭和四四年一二月二二日原告に対し内容証明郵便をもって原告の本件債権と被告の有する前記損害賠償債権とを対等額で相殺する旨の意思表示を発し、同郵便は同月二五日原告に到達した。よって、被告は原告に対し本件転付金の支払義務はない。

4.譲渡制限特約、信義則違反、権利濫用の抗弁

(1)、本件建築請負契約によれば、同契約により発生した債権の譲渡については相手方の書面による承諾を要する旨定められているところ、被告は本件請負代金債権の譲渡につき承諾を与えたことはない。原告は本件建築請負契約締結前から訴外会社の取締役副社長の地位にあったものであり、被告と訴外会社間に債権譲渡制限に関する約定の存することを熟知していた、いわゆる悪意の第三者であるから、原告は本件請負代金債権につき転付命令を受けたことをもって被告に対抗することはできず、したがって被告に対しその支払を請求することはできない。

(2)、仮りにそうでないとしても、右(1)記載のような事情があるのに、原告があたかも純然たる第三者のように装って本件債権につき転付命令をうけたうえ、被告に対しその支払請求することは著しく信義誠実の原則に反し権利の濫用として許されない。

(3)、よって、いずれにしても原告の請求には応じられない。

四、被告の抗弁に対する原告の答弁

被告主張の抗弁事実はすべて否認する。

五、立証〈省略〉

理由

一、昭和四三年一一月一五日建設請負業を営む訴外会社と被告との間に原告主張のとおりの建築請負契約が締結されたことは当事者間に争いがない。また、〈証拠〉を綜合すると、右建築請負契約にかかる建築工事は昭和四四年七月二〇日過頃完成し(ただし工事に瑕疵があるか否かに関しては後に述べる)、同月末日頃その引渡を了したことが認められ、これに反する証拠はない。

次に、〈証拠〉を総合すると、原告は昭和四三年一〇月一七日訴外会社に対して金一〇〇万円を貸付けたことが認められ、また、〈証拠〉によれば、原告は昭和四四年三月五日訴外会社に対する前記貸金債権を被保全権利として訴外会社の被告に対して有する前記請負代金債権中同年三月一〇日から同年六月末日までに弁済期の到来したもののうち、金一〇〇万円について大阪地方裁判所より原告主張のとおりの仮差押命令を受け、右命令は同月一八日頃訴外会社に送達されたこと、および原告はその主張のとおりの執行力ある和解調書正本に基づき、前記仮差押に対する本執行として、同裁判所より同年一一月一七日原告主張のとおりの債権差押・転付命令を受け、右命令は翌四五年二月九日ごろ訴外会社に送達されたことが認められ(以上各認定に反する証拠はない)、なお、被告に対して昭和四四年三月一四日右債権仮差押命令が、また同年一一月一八日右債権差押・転付命令がそれぞれ送達されたことは被告の認めて争わないところである。

そして、〈証拠〉を綜合すると、被告は訴外会社に対して別表記載のとおり前記請負代金を支払ったこと、訴外会社は昭和四四年二月頃まで右支払代金高にほぼ相当する工事を完工してきたが、同年三月以降は施工された工事高を相当上廻る請負代金の支払がなされた(ただし、その工事高が支払高の半分以下というようなことはなかった)ことが認められ、これら認定に反する証拠はない。

右認定事実によれば、訴外会社は昭和四四年三月二〇日から同年六月末日までの間においては、同年四月ないし六月の各一〇日(計三回)にそれぞれ前月までに施工した工事につき支払を受ける代金債権を有するものであり、その合計金高は金一〇〇万円を下らない(詳細は後述する)から、原告は、訴外会社に対して有した前記請負代金中昭和四四年三月二〇日から同年六月末日までの間に履行期の到来するもののうち金一〇〇万円につき有効に転付命令を受けたものというべきである。

二、そこで、被告の抗弁について順次検討する。

(一)、まず、被告は右転付にかかる請負代金は既に弁済ずみであると抗弁し、被告が訴外会社に対して本件請負代金全額を別表記載のとおり支払っていることは前判示のとおりであるが、前記仮差押命令は判示のとおり被告および訴外会社に送達されているから、本件転付命令は右仮差押命令が第三債務者たる被告に送達された日(昭和四四年三月一四日)に遡ってその効力が生じ、事後被告は訴外会社に対して右転付にかかる請負代金につき支払を禁止せられ、仮りにその支払をしても原告に対する関係においては何らの効力も生じないものというべく、したがって、被告が訴外会社に対し別表5以下記載のとおり同年四月二五日以降に右代金の支払をしてこれが完済をしていることは前判示のとおりであるが、これは原告の有する被転付債権の効力に何らの消長をきたすものではない。

したがって、被告の弁済の抗弁は採用することはできない。

(二)、次に、被告の同時履行の抗弁について考えるに、一般に請負工事につき瑕疵が存する場合民法六三四条に基づき注文者は請負人に対して瑕疵の修補を請求し、あるいはこれにかわる損害賠償を請求する権利があり、かつその履行のあるまで報酬の支払を拒絶することができ、また、請負工事が遅延した場合の損害の賠償について違約金の定めがあり、現に右工事が遅延した結果注文者が請負人に相当の違約金を請求することができる場合、違約金請求権は本来の債権の拡張としてなおそれと同一性を有する債権であるから、民法五三三条により注文者は請負人に対して右違約金の支払があるまで報酬の支払を拒絶することができることは被告主張のとおりである。しかしながら、元来同時履行の抗弁権は双務契約における当事者間の公平をはかるため認められた制度であるから、双務契約において一方の当事者に債務の不履行があった場合、相手方は右不履行を理由として常に自己の負担する債務全部についてその履行を拒絶することができるとすることは妥当でなく、債務不履行にかかる債務が全体から観て重要なものではなく、かつ相手方の負担する債務が可分なものであるときは、相手方は右債務不履行に相応する部分にかぎり自己の負担する債務の履行を拒絶することができるものと解するのが相当である。また、相手方が負担している債務が数個に分割され、それぞれ異なる履行期が定められている場合においては、特段の事情のないかぎり、相手方は履行期到来の遅い部分から順次履行の拒絶を行ないうるものと解するのが、履行期を特に別異に定めた当事者の意思および公平の原則に合致し、相当であるというべきである。

これを本件について検討すると、前判示のとおり、原告の本件被転付債権すなわち本件請負代金債権金一〇〇万円に対する仮差押は被告に対する前記仮差押命令の送達により昭和四四年三月一四日その効力が発生し、事後被告は訴外会社に対してその支払を禁止され、また原告は、右の仮差押およびこれに続く本差押において、前記請負代金中昭和四四年三月一〇日から同年六月末日までに弁済期の到来する部分、換言すれば、同年三月一〇日、同年四月一〇日、同年五月一〇日、同年六月一〇日にそれぞれ支払うべき右請負代金中の一部を(仮)差押したものであり、かつまた右各支払期日に支払うべき代金額は、前判示のところからすれば、少なくとも同年三月一〇日に支払うべき分が金二二七万円、同年四月一〇日に支払うべき分が金二五〇万円、同年五月一〇日に支払うべき分が金二六五万円、同年六月一〇日支払うべき分が金二二五万円であると考えるべきところ(それぞれの金高は別表4、5、6、8各記載の支払金高の半額である)、原告はその差押金高については金一〇〇万円に限って(仮)差押しているのであるから、原告の右金一〇〇万円(仮)差押の趣旨は前記のそれぞれの弁済期毎に支払われるべき金額につき按分して金一〇〇万円の(仮)差押をしたというものでなく、むしろ履行期の到来した順序にしたがって順次金一〇〇万円に満つるまでの分を(仮)差押したものであると解するのが相当である。したがって、被告は同年三月一〇日か、あるいは少なくとも同日および翌四月一〇日に支払うべき請負代金の中、金一〇〇万円につき右(仮)差押を原因とした支払禁止の規制をうけているものと解すべきである。一方、訴外会社が同年四月以降に施行した工事の額は少なくとも金二〇八〇万円(別表6ないし11記載の支払金高の合計額)にのぼるものというべきところ、被告が本件で主張している瑕疵修補に要する金額および工事遅延に基づく違約金の額は、被告の主張によっても合計金四二五万円というものであり、したがって、右瑕疵修補または損害賠償の各請求権が仮りに被告主張のとおり存したとしても、それは、前記請負残代金二〇八〇万円の一部支払を拒絶する理由となりえても、本件転付にかかる請負代金債権金一〇〇万円の支払を拒絶する事由とはなしえないものというべきである。

したがって、被告の同時履行の抗弁も採用するかぎりではない。

(三)、さらに、被告の相殺の抗弁について考えてみるに、被告の主張する自働債権すなわち前記損害賠償請求権(金四二五万円)はその主張するところによれば、本件転付命令が被告に送達された昭和四四年一一月一八日より以前に発生しているものというべきであるから、右自働債権と本件被転付債権とは相殺適状にあり、したがって、右自働債権をもって右被転付債権と相殺することは許されるべきものである。

しかしながら、前判示のところによれば、被告は昭和四四年三月一四日本件被転付債権に対する仮差押命令の送達を受けたが、これに対する何らの配慮(供託等)もせず、同年七月二五日までに訴外会社に対し本件請負代金全額を完済したうえ、右自働債権をもって前記相殺を試みようというのである。思うに、同一当事者間にあっては、相殺適状にある債権債務である以上、どの債権とどの債務とを相殺するかは特段の事情のないかぎり、全く当事者の自由であるというべきであるが、同一当事者間の、同一の原因に基づき発生した債務でありながら、その一部は既に第三者に転付され、他の一部は前者よりも履行期の到来が遅いという場合、債務者が後者については既に債務を完済しておきながら、前者すなわち第三者に転付された債権については支払をなさず、右第三者から支払請求されるに及んで右自働債権によりこれと相殺をなすが如きことは当事者間の公平および信義則に著しくもとったものであり、権利の濫用として許容することはできない。

したがって、被告の相殺の抗弁もまた採用しない。

(四)、最後に、被告の譲渡禁止の特約等に関する抗弁につき考えるに、譲渡禁止の特約のある債権に対しても転付命令を申請するに際し右特約の存在を知っていたか否か、すなわち債権者の善意悪意を問わず右転付命令は常に有効であると解するのが相当である。何となれば、債権譲渡に関する民法四六六条二項(特約による譲渡禁止)の規定は元来任意の債権移転のみについての規定であり、直ちにその強制的移転である転付命令につき適用されるべきものではなく、また譲渡禁止の特約のある債権も債務者の責任財産の一部を構成しているものであることはもとより当然であるのに、これにつき債務者の恣意により右特約を付し、もって右債権の転付を禁じ債務者の責任財産より排除することができるものとすれば、強制執行制度は極めて無力化されるおそれがあるからである。勿論、債権者は右債権について転付命令にかえて取立命令を請求できるのであるから、その換価の方法には事欠かないとも考えられなくはないが、取立命令に基づく換価の手続は転付命令による場合に比して複雑かつ日時を要するものであり、とくにわが国の民事訴訟法が強制執行につき平等主義の立場をとっているため、換価手続中に他の債権者が配当要求等により参加する機会が多くなり、また第三債務者による相殺のできる範囲も広くなり、なお右換価につき相当の換価手続費用も要するものであって、これら諸点から考えると、右取立命令に基づく換価手続は債権者の保護上決して充分なものとはいいがたく、さらに、金銭債権に対する換価の方法として主に転付命令が用いられているという強制執行の現状などあれこれ参酌すれば、転付命令制度は債権者の保護上極めて重要な役割を果たしているものというべきであり、したがって、本件につき取立命令が許されることをもって債権者の保護に十分であるとする見解は採用することはできない。

そうすると、原告が本件債権について譲渡禁止の特約の存することを知りながら被告の承諾をうることなく右債権につき転付命令を得ても右転付命令は無効であるという被告の抗弁はその主張自体において理由のないところである。

なおまた、原告が本件転付命令を得て被告に対しその支払請求を行なうことが信義に反し、権利の濫用になると認むべき事情は全立証によるもなんら認められないから、被告の権利濫用の抗弁も採用できない。

三、よって、本件転付金一〇〇万円とこれに対する右転付命令送達の日の後日である昭和四五年二月一〇日から完済まで商法所定年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当であるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 砂山一郎)

〈以下省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例